5月27日、19:00、「HOTEL BERLIN」着。3つ星だというがなかなか設備が整っている。
しかし、驚いたのはこのホテルのセキュリティ・システムだ。今はカードキーが主流に
なっているが、これがエレベーターのスイッチにも部屋の電気のスイッチにもなるという
優れもの。いくらボタンを押してもエレベーターが動かないのでおかしいとフロントに
尋ねるとエレベーターにキーを差込む所があって、それからスイッチを押さなければ
ならないのだ。確か「プリティー・ウーマン」に登場するビバリー・ウォルシャーの
プレジデント・スイートがこういうシステムを採用していたと思うが、要するに、下手に
外部の者が入って来れない仕組みになっているわけである。もっとも従業員や泊まり客に
泥棒がいればどうしようもないが・・
部屋もどうやれば電気が点くのかしばらく思案していたが、エレベーターの件を思い出し、
カードの差込口がないか探してみる。すると案の定ドアの下にあった。良く出来たシステム
だと思わず感心せずにはいられない。
荷物整理をして休憩してから外に出る事に。母も私もベルリンは2度目なのでどこか懐かしい
感じがする。繁華街のクーダムへは歩いて行ける距離で夕食を兼ねた散策に出掛ける。
しばらく歩いて、やがてドでかいベンツのマークが屋上で回っているビルとカイザー・
ヴィルヘルム教会が見えてくるとああベルリンに来たんだという実感が湧いてくる。
このカイザー・ヴィルヘルム教会は、第二次大戦の時に破壊されたが、戦争の愚かしさを
後世に伝える為、当時の廃虚のまま残されている。さしずめベルリン版広島の原爆ドームと
いった所か。市民達から「虫歯」の愛称で親しまれているが、なるほど上部は歯が欠けた様
になっている。
クーダムは相変わらず凄い人波だ。東ベルリンと統一され、ベルリンはドイツ一の人口を
抱える大都会となり、前は到底やって来れなかった旧東側からも人がどんどん流れてきて
クーダムはちょっとしたお祭り騒ぎの様な様相を呈している。
ドイツの商店は遅くても夜8時までしか営業していないが、ここはレストランやパブが多く、
夜の方が熱気に満ちている。夜と言っても緯度の関係で9時でも明るい。
ケンタッキーで2人で1600円位の食事をした後ホテルに戻り、風呂など入って長いフライトの
疲れを癒す。
5月28日、午前中はツァーの半日観光である。ガイドはベルリン在住の日本人女性だ。
まず、バスに乗ってシャルロッテンブルク宮殿へ。ここは前には来れなかった所でプロイセン王家の
ホーエンツォレルン家の居城だった宮殿である。中は一般公開されている。どこにでもある様な建物で
特にベルリンらしいものでもなく、私はここには大して興味を引かれなかった。
観光バスは広大なティアガルテンを通ってお馴染みのブランデンブルグ門と、ウンター・デン・
リンデンへ。相変わらずこの辺には多くの露天が出店し、未だにベルリンの壁のカケラや旧共産党
バッジなどを売っているが、果たして本物なのだろうか。私も6年前に来た時買ってしまったものだが・・
ウンター・デン・リンデンはクーダムに比べると寂しいが、それでも6年前に来た頃に比べると店やカフェ
が増え、賑やかになって来た様に思う。それにこの辺は大使館が多く、閑静なのは当たり前なのだ。
それでもバスで旧東ベルリン側を走っていると6年前との違いは明らかに見て取れる。あの頃はもう
既に壁は取り払われていたとはいえ、東側の人はまだ激しい環境の変化にとまどい、毎日をやり
過ごすのが精一杯で街の改造まで考える余裕がなかったのか、旧東側に入ると旧西側との差は一目瞭然
だった。古色蒼然と言えば聞こえがいいが、改装する余裕もなく、ただ単に古臭いだけで薄汚い
建物の壁は剥げ落ち、今にも崩れそうだった。ウィンドウには商品もろくになく、東側一の広場である
アレキサンダー・プラッツさえ人影はまばらで、活気に乏しかった。
ところが、今回は西側と東側の差はほとんどなくなって、尋ねなければ東側か西側かわからない位
なのである。壁は綺麗に塗りかえられ、新しいホテルが次々に建てられ、カフェが軒を並べている。
現在、役所機能の半分はボンに留まっているが、ベルリンは、ボンから官公庁を全て移動させる為の、
準備が進められている。それを見越して大企業が次々に旧東ベルリンに進出、あちこちで大工事が
行われ、ベルリンは工事現場だらけだが、何とその工事現場を巡るツァーまである位だ。21世紀になった
時ベルリンがどの位変わっているか楽しみである。
前は資料がろくになくて壁が残っている所がわからなかったが、今回はしっかり連れていってもらった。
壁の絵は削られ、中の鉄棒が見えている位見る影もないが、これ以上削らせない為にこの数十メートルの
壁は鉄条網で囲まれている。10年前には壁がなくなるなど夢にも思わなかったものだが、壁を越えようと
して命を落とした人々の事に思いを馳せると今でも胸が痛む。6年前に訪れたチャックポイント・チャーリ
ー跡の壁博物館には、旧東側の人々がどのようにして壁を乗り越えたかが紹介されていた。
最後に博物館島と呼ばれる旧東ベルリンのシュプレー川の中州にあるペルガモン博物館に連れていって
もらう。ここにはヘレニズム、ギリシア、ローマ美術を展示しているが、中近東で本物を散々拝み、
大英博物館にも行った私には取りたててありがたくもなかった。
この後、街のレストランで昼食だが、これがサイテーだった。26人もの団体を一人のウェイトレスが
こなしていてスープの後のメイン、メインの後のデザートががなかなか出て来なくてイライラさせられる。
メインは七面鳥料理だったが、これも塩辛くてとても食べれたものではない。結局マズイ昼食の為に
一時間半以上費やしてしまい、貴重な自由時間が少なくなり、お目当ての美術館にも行けず、街をウロウロするに留まってしまった。
やはり、自由行動の時には食事はない方がいいと思わずにはいられないのだ。
夕食の時間を気にしながらアレキサンダー広場へ。TV塔は前に登ったので今回は広場の周辺を歩く。
回りの店に置いてある品数も豊富だ。広場の反対側には屋台が出ていて生演奏をしていたりしてなかなか
いい雰囲気だ。こうなったのもつい最近の事だろう。
夕飯はホテル・レストランでバイキング形式だったが、はっきり言ってあまりおいしくない。
朝食の方がはるかに上等だ。
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