PRAHA
今回はツァーだったので、目的の建築物の半分も観ていません。
特にアール・ヌーヴォー建築が観れなかったのが悔しくてなりません。
スキャナの調子が悪く、デジカメで撮ったものしかお見せできないのが残念です。
聖ビート大聖堂
プラハ城内の中核となる教会。聖堂の西側正面は建築家ヨゼフ・モケルとカミル・ヒルベルトが
手掛けたネオ・ゴシック様式である。とにかく見事な大聖堂でただただ圧倒されるばかりで、
言葉も出て来ない。
聖堂内のバーツラフ礼拝堂は、国の守護聖人である聖バーツラフの遺物が納められているが、
礼拝堂の装飾は、いずれも素晴らしく14世紀のチェコ芸術のレベルの高さの
証明ともなっている。
私は、ステンドグラスの美しさにただただ息を呑むばかりだった。
黄金の小路
プラハ城内にある可愛らしい一角で城の狙撃兵の住居を摸したもの。
ここは、かつて狙撃兵が住んでいた場所だが、狙撃兵がその存在意義を失ってからは、
様々な職人、役人、鐘付き人、楽団指揮者などがこのユニークな家々の住人と
なったが、その後、さらに貧民、プラハ裏街道の人々が住み着いたらしい。
現在は中は土産物屋になっている。ちなみに商品の値段は、観光客向けで日本と大して変わらない。
母がユニヴァーサル・スタジオみたい、と言っていたが、確かに人工的に作られた
テーマ・パークのセットの様な趣がある。
プラハ城王宮
9世紀に建てられた居城がこの城の発祥だと言われる。14世紀のカレル4世から
19世紀のルドルフ2世まで各時代の建物が一同に会している様は圧巻。
王宮は11世紀以来、ボヘミア王の居城だが、ハプスブルクの支配下では、裁判所や
国会もここに置かれていた。一見すると王宮と言うより普通の貴族の館といった感じである。
旧シナゴーク
この周辺は9世紀以来、ユダヤ人のゲットーだった所。しかし、歴代の皇帝はユダヤ
人を保護し、ナチスの進攻まで彼らはここで平和に暮らしていたらしい。
16世紀にユダヤ人地区市長のマイゼルが出資し、隣接するユダヤ地区集会場と共に
建てたものでヨーロッパ最古のユダヤ教会である。当時は一つの建物として繋がって
いたが、19世紀に切り離された。この周辺にはユダヤ墓地がある。
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